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広島県の民話

毛木の茂平さん

広島市安佐北区の話し。
むかぁし、むかし。毛木の村に、茂平さんゆう人が住んどりんさった。この茂平さん、ちぃと小男じゃが、頭ぁ賢かった。村の子供らに、
「こーびとぉのもーへい ちーからぁは半人前 くーやしかったら こーのかぁる石ゆう 動かして みぃやー」
と、いけずぅ言われよった。茂平さん、悔しゅうて、悔しゅうてたまらん。胸の内ゃあ、煮えくり返るよぉじゃったが、どぉにもしようがない。そこで茂平さん、山の爺様に、どうすりゃあ大きゅうなるか聞きに行ったげな。山の爺様ゆうのはのぉ、たいそうな物知りでのぉ、村を大水から守るのは杉の木を植えるんが一番ええゆうての、杉の木を守るため山奥へたった1人で住んどるんじゃげな。爺様におぉた茂平さんは、悩みを打ち明けたげな。爺様は、
「なして大きゅうなりたいんや。人に馬鹿にされるんが嫌じゃけぇか。それなら、帰れ、帰れ。」
と、ごぉぎな顔をして言んさった。ほいじゃが茂平さん、賢い人よのぉ。普通なら今の人でゆう、逆切れするんじゃろぉがのぉ。茂平さんはちごぉた。爺様のゆうてのことが、すぐわかってのぉ、
「爺様、わしが悪うありました。小男でも、頭ぁ働かしゃあ、人の役に立ちゃあしましょーが。それに力がありゃあ、もっともっと村の人の役に立つと思うんじゃが。」
「よっしゃ、人の役に立ちたいゆんだったらよかろう。毎月一日にのぉ、安芸の宮島さんにお参れしてみんさいや。」
と、言んさったげな。
「どのくらい行きゃあ、えんでがんしょうか。」
「そりゃあ、お前が本気で人の役に立つ人間なろう思やぁ、きっと御加護があるじゃろぉけぇ。」
それから茂平さんは、毎月一日にゃあ、ザーザーピューピューどがぁに雨が降っても風が吹いても、いっしんに朝の暗いうちから起きて、宮島さんに参りさったげな。
するとのぉ、不思議なことにズンズン体が大きゅうなってきてのぉ、小男じゃった茂平さんが村一番のおおとこになったげな。腕も、丸太んぼうのようになっての、手もやつでの葉っぱみとぉに大きゅうなって、背丈も2メートルちこぉなったげな。
ちょうどその頃、毛木の村では時を知らせるために八幡山の神社につってある鐘が、なんぼぉついても山の陰になって、西毛木の方にゃあ聞こやぁせん。せっかくの時の鐘が聞こえんゆうことは、その頃では困ったことじゃった。いつ頃、仕事を終えて帰ってええかもわからんしのぉ。西毛木衆の文句聞くたびに、東毛木衆もおもしろぉないしのぉ。
そこで村中で話しおぉて、鐘を下岸の城山へ移そぉゆぅことになったんじゃが、それにゃあ、川を渡らにゃあいけん。さてぇ、どがぁして渡すかいのぉ。みんなが困った。そこへおおとこの茂平さんが来て、
「わしが背負うて、川を渡ろう。」
とゆうた。
「えぇ、あのぉ鐘をかぁ。そりゃあ、無理じゃ。なんぼあんたが大きゅうなった言うても、そりゃあ出来んでぇ。」
「ほいでも、わしゃあ、人の役に立ちたいゆうて、大きゅうしてもろうたんじゃけぇ。東毛木も西毛木も仲違いをやめて、昔のように仲のええ村にするにゃあ、どうしてもやらにゃあいけん。」
と、つよぉゆうたげな。そして茂平さんは鐘を一人で担いで、川の中を、ゴットンゴットン渡っていきんさったげな。茂平さん、みんなの役に立てて、やっと山の爺様に申し訳が立ったと喜んじゃったそうな。
この大男になった茂平さんにも、たった1つ失敗したことがあるんじゃそうな。それはのぉ、毎年開かれる宮島さんの大相撲大会で、茂平さんは負けたことがないんじゃ。それで近くの村の衆が、どぉやって茂平さんをやっつけようか首をひねりよったげな。ある年の相撲大会で、村の衆は小男を出した。ちゅうに、元の茂平さんのような小男じゃ。
「やぁ、こまいのが出てきたのぉ。昔のわしのようじゃ。ほいでも勝負は勝負じゃけぇのぉ。手心はせんど。力いっぱいやるで。」
行司の
「はっけよい、のこった。」
の声に、茂平さん
「このぉ。」
と言って、小男の背中を力いっぱい押さえつけようとした途端、小男は素早く身をかわして茂平さんの股ぐらをくぐりぬけたんじゃげな。茂平さん、
「あ、わわわわわ。ドスーン。しもぉたぁ。」
思ぉたが、もぉ遅い。ばったりと前に手をついてしもぉた。相撲は茂平さんの負け。それからの茂平さん、
「人間、油断しちゃあいけんもんでぇ。」
と、誰にでもゆうてんじゃげな。
おだのごぉりき。山田やの茂平さんのお話しでした。
けっちりこ。

紙芝居サークル
陽だまり
2013年11月26日
梶原靖子様 朗読
 梶原靖子様

ご協力ありがとうございました。     

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