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広島県の民話

比婆の寝太郎

広島県比婆郡、現在庄原市の話し。
むかぁし、むかし。遠い昔の話しじゃがのぉ、比婆という村にお爺さんとお婆さんと息子が住んでおったげな。
その息子がの、明けても暮れても寝てばっかり。お爺さんは、
「どうしたことじゃろうのぉ。病気じゃあるまいか。食っちゃ寝ぇ、食っちゃ寝ぇ。しごたぁえーっとせんこうに、寝るばっかりじゃ。困ったのぉ、婆さんやぁ。」
「そーですのぉ。えぇかげん、年じゃに。嫁をもらわにゃあいけんがぁ、こがぁに仕事もせずに寝てばぁじゃあ、誰だぁ嫁に来ちゃあもらえんじゃろう。」
そうゆうて、お婆さんも嘆きよりんさったげな。村の人らぁ、
「なんじゃげなでぇ。あっこの息子は、まぁ、食っちゃ寝ぇ、食っちゃ寝ぇ、こんなあ寝太郎ゆう名にすりゃえぇ。」
ゆうて、みんながほんまの名ぁ言わずに、寝太郎、寝太郎ゆうて呼んだげな。その寝太郎がの、ある日、ひょいと1日おらんようになった。
「ありゃ、今日はあの子がおらんがのぉ。どこへ行ったんじゃろう。村中探してもみつからんがぁ。」
お爺さんとお婆さんが途方に暮れておったところへ、寝太郎が夜遅うにひょいと戻ってきた。
「わりゃあ、どこへ行っとったんなら。」
「うん。ちょっと、三好ぃ。」
「三次ぃか。なぁしに行ったりゃあ。」
お爺さんお婆さんが、しつこう聞いても、はっきり言わんかったげな。
三次から帰った寝太郎、どうも好きな娘ができたらしい。
「あの子をわしの嫁にもらいたいのう。うちゃあ貧乏じゃあるし、むこうは金持ちじゃし、それに働きの悪ぃわしじゃあ、嫁にくれぇゆぅても、親ぁやろうたぁ言わんじゃろしのぉ。ほいじゃがどぉしても、あの娘を嫁にしたいのう。」
と考えこんだ。
「おぉそうじゃ。ええことがあるわい。噂に聞いた、三次の天狗に化けちゃろう。」
寝太郎は、寝ながらいいことを思いついたよ。それから、早速山でとんびを捕まえ、三次で小さい提灯を買おた。夜になって、娘の家の庭へ忍び込み、松の木へ登って、
「おーい、亭主。亭主。亭主はおるかぁ。」
大きな声でおらんだげな。
「ありゃーお父さん。外の方で、「亭主、亭主」ゆう声がしよりますが、なんでがんしょうかのぉ。気持ちの悪い。お父さん、出てみてくださらんか。」
雨戸を開けて、じーっと耳を澄ますと、松の木のてっぺんから声がする。
「亭主。亭主。わしじゃあ。わしじゃ。お前がここの亭主か?」
「へへへへへい。亭主でがんす。私に、なんか御用でもあるんでがんしょうか?」
「亭主かぁ?わしゃあ、深い山奥に住んどる天狗じゃが、今から大事なことを聞かせるけぇ、はよう紋付着て出て来い。」
「や、や、や、こりゃあどぉしたことじゃろぉ。うちに天狗さんが来とってじゃあ、「紋付着て出て来い」ゆうてじゃあ、お父さん着替えんさい、早ぅ、早ぅ。」
「お母さん、紋付じゃ、紋付を出せやぁ。早ぅ、早ぅ。」
2人は慌てて紋付に着替えて庭に飛び出たげな。
「天狗様ぁ、紋付に着替えてきましたけぇ。」
「うん。2人揃ぅたか。」
「亭主。そのほぅには娘が1人おろぅ。」
「へへ、へい。かわいい娘が1人おりますが。それが、なんか・・・?」
「ええか、よぉ聞け。その娘を、下(しも)の寝太郎のところへ嫁にやれ。どうじゃ。」
「ええ、あの寝太郎でがんすか?噂に聞きゃぁ、働かんこぉに・・・。」
「こらぁ。やるんか、やらんのか。やらんかったら、そのほうのかわいい娘が一生嫁にいけんで。それでもええんか。」
「は、は、はい。こりゃあ、母さん。天狗さんがゆうてじゃったら、やらにゃあいけんじゃろう。」
「そ、そ、そーですのぉ、お父さん。天狗さんのゆうてのように、寝太郎さんへ嫁にもろてもらいましょう。」
「天狗様ぁ、寝太郎さんに嫁にもろてもらいますけぇ。」
「よっしゃ、よっしゃ。それでええ、それでええ。へぇじゃあ、来月の1日が祝言じゃ。きっとちがわんように嫁にやれぇよ。」
寝太郎は、持って来たとんびの足に、そーっと結びつけた提灯に明かりをつけての、
「わしゃあ、いぬるぞ。」
と言って、パーッととんびを放したんじゃ。とんびは、バタバタバタッと提灯の燈をつけて、遠くの山を目指して飛んでいったげな。
「やぁ、天狗さんが、あがいによってじゃあ。天狗さんがゆうちゃったことじゃけぇ、嫁にやらにゃあいけまぁ。」
それからの、ついに祝言の日が来たんよ。両親に連れられ、娘は三次から寝太郎のところへ嫁に来たげな。そりゃあそりゃあ、きれいな嫁さんで。村中の人らぁ、びっくり。大騒動で祝いに駆けつけたげな。
「寝太郎や、お前は幸せもんじゃのぉ。自分じゃあ、何ひとつせんで、どがぁしてこげぇなええ嫁さんが来てくれんさったんかいの。わしらぁ、たまげたでぇ。はぁ、ええかげん、目ぇ覚まぁて、しっかり働きゃなぁいけんで。」
と村中の人らが口々にゆうたげな。寝太郎がのぉ、知恵を絞って努力して、自分の嫁を射止めたこたぁ、だぁれも知らんことじゃった。
嫁をもろうてからの寝太郎は、周りの者がたまげるほどの働き者になったげな。貧しかった暮らしも楽になってのぉ、今では村の人も、「寝太郎。寝太郎」と言わんようになったげな。
むかし、けっちりこ。

紙芝居サークル
陽だまり
2013年11月26日
岡志子様 朗読
 岡志子様

ご協力ありがとうございました。     

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