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広島県の民話

江波のおさん狐

広島市の話しです。
漁師の利平さん、今日は満足そうな顔をして海から港へ向かって舟を漕ぎますげな。それもそのはず、舟のいけすには、5、6寸もあろうかと思うようなチヌが、4~50匹も泳いどる。最近見ない大漁じゃった。港に、ちこぉなってきて、利平爺さん、おやっ、と思ぉた。
「ありゃっ、あっこに立っとるんは婆さんじゃないかの。迎えに来るこたぁないのに。めずらしいのぉ。今日は婆さんも喜ぶでぇ。」
利平爺さんは、港に舟をつけた。
「婆さんやぁ、迎えに来てくれたんか。」
と、声をかけ、
「ほぉよねぇ、今日は、なんか、よけぇ釣って来てのようじゃけぇ、迎えに来たんよね。」
「ほぉか、ほぉか、ご苦労、ご苦労。見てみい。こがあによぉけぇ釣れたんでぇ。」
「まぁ、ほんまに。はよぉ、あげてみんさい。持ってあげるけ。」
いけすから大きなびくにあげられたチヌは、バタバタ、バタバタとけぇきよく暴れよる。
「お爺さん、そのびくう、こっちぃつかぁさい。私が持ったげるけぇ。」
婆さんが声をたこぉしてゆうげな。
「まぁ、そがぁに急かすなよ。これぐらい、わしでも持たれるよ。せわぁないよ。」
「まぁ、せわぁないけ、こっち、貸しんさい。」
婆さんは、無理矢理爺さんからひったくるようにびくを取り上げると、
「ケッケッケッケッケッケッケッケェ。」
いなげな声を出あて笑うげな。利平爺さんびーっくりして、よぉ見たら、なぁんと婆さんと思ぉたのは、銀色をした大きな狐じゃった。
「利平のぼけ。すまんのう。このチヌは、もろぉとくでぇ。ヘッヘッケッケッケッケッケ。」
「あっあっああ、そーかぁ、わりゃあおさん狐かぁ。」
おさん狐とは、この辺の江波の港では悪名高い意地悪狐じゃ。えっとことチヌをとられた利平爺さん、地団駄踏んで悔しがったが、はぁ、つまりゃあせん。後の祭りよ。このおさん狐の悪賢いこと。神通力にはとても立ち向かうことができず、江波の村ではおさん狐に騙される人がえーっとおってんじゃげな。
それから何日か経ったある日、利平爺さんが漁から帰ると、まぁた、港に婆さんが立っとるげな。利平爺さんは、
「ふん、狐は狐よーのぉ。まぁた同じ手でわしを騙そう思うとるんじゃろ。よぉし、今日は、そうはいかんでぇ。みとれぇよぉ。」
利平爺さん、知らぁん顔をして港へ舟をつけた。
「婆さん、迎えに来てくれたんか。今日もよけぇ捕れたで。まぁ見てみい。」
「そりゃ、えかったですの。どれどれ。わはぁ、えっとおらぁ。」
婆さんが近づいていけすを覗いとる間に、利平さん、こっそり竹の棒をつかみ、
「このくそ狐がぁ。」
思いっきりぶち叩いた。ところが婆さん、
「んんんんんーっ。」
とひっくり返って動かん。狐の姿にも変わらん。
「ケッヘッケッケッケッケッケッケェ。ぬーけさく、利平爺よぉ。そりゃあ、本物の婆さんじゃ。わしが騙してそこへ連れて来とったんじゃ。」
見るとおさん狐、家の屋根の上からこっちを見て大笑いしよる。利平爺さん、また騙されて、ヘタへタッと座り込んでしもうた。
「くそぉ、また騙されてしもうた。こうなったら、四国の讃岐におると言う十兵衛タヌキがおさんをやっつけてくれにゃあどぉにもならん。」
爺さんはぶつくさ言いながら婆さんを助け起こし、わがたへいんだげな。おさん狐は、まぁんまと利平爺さんを騙してえぇ気になっての、皿山の棲みかへいんで、思い出しては、
「ケーッケッケッケッケッケ。ケーッケッケッケ。」
と、ひとりで笑い転げましたげな。しばらくして、ふと最後に爺さんが言いよった言葉が気になった。
「なに。ありゃぁ、四国の讃岐に騙し上手なタヌキがおる、ゆうたんかの。十兵衛、ゆんじゃったかいの。ありゃあ、噂に聞いたタヌキのことかの。なぁに、わしに勝てるわきゃあないわい。四国じゃろうが、讃岐じゃろうが、わしにゃあかなわんはずじゃ。ほいじゃが、どうも気になる。自分の方が騙し上手と思うて面白うない。利平のやつ、いなげなことを聞かしゃあがったのぅ。」
と言いながら、何日か経ったある日、
「よぉし。ひとつ化けくらべをやろうか。それでわしが勝ちゃあ、人間どもはやっぱりこのおさん狐の力が一番じゃとわかるじゃろう。」
おさん狐はとうとう我慢できんようになって、讃岐の十兵衛タヌキに化けくらべの挑戦状を出しましたげな。それを受け取った十兵衛タヌキ。早速海を渡り、江波の皿山へやって来た。皿山の頂上に現れた十兵衛タヌキを見て、おさん狐はびっくり仰天。なぁんと山ほどもあるでっかい体、ドーンとした大太鼓のような腹、ちゅうに苔でも生えとるようじゃ。ちょうどその日は満月。大きな黒い影をうしろに残して、おさん狐など、ひとひねりのようじゃ。
「うおーい、おさん狐とやらはおるかぁ。」
雷のような大声。おさんは負けてなるかと、
「ここに、おるわぁい。」
大声を出したが、十兵衛タヌキに比べたら、蚊の鳴くような声じゃ。
「おぉ、お前がおさんか。早速、化けくらべとするか。見ておれ。」
十兵衛タヌキ、大きな体をひっくり返すと、なんと10メートル近い一つ目小僧に早変わり。
「どうじゃぁ。」
頭の上から怒鳴るげな。その声のでかいこと、でかいこと。
「ま、ま、ま、そう焦りなさんな。化けくらべはいつでもできるけ。この江波の魚でも食うて、旅の疲れでもとってくれんさいや。」
おさん狐は慌ててゆうたげな。
「それもそうじゃ。今夜来たばかりじゃけぇの。よっしゃ。いつでもゆうてこいよぉ。」
十兵衛タヌキのその言葉に、おさん狐は、ほーっとしましたげな。こぉれはなかなか手ごわい相手じゃ。ちょっとやそっとじゃ勝てんでぇ。こりゃ、よぉ考えてやらにゃあ、こっちが負けるかもしれん。と考えこんだ。
さて、次の日の次の日。十兵衛タヌキが街道に出とります。夕べ、おさんから、
「明日、街道の一本松のところで待っとってくれ。わしが化けて通るけぇ。」
と言われたからです。約束の時間が来ても、なかなかおさん狐は現れん。どのように化けて出るか十兵衛タヌキは、今かぁ今かと松の木の陰で待っとった。その時、遠くの方から、
「下にー、下に。下にー、下に。」
という声が聞こえてきた。よぉ見ると、きらびやかな大名行列がやって来たぁ。十兵衛タヌキは、これはすごい。やられた。と思うた。おさん狐が大名行列に化けて来た。と思うたんですねぇ。金紋先箱槍持。駕籠前の豪勢なこと。髭奴を先頭にした大名行列のきらびやかなことぉ。
「うーん、んーん。」
と、十兵衛タヌキは唸りましたげな。こんな凄い化けっぷりはめったに見たことがない。まいった、まいった。と思うた十兵衛タヌキ。のこのこと行列の前へ出ると、
「おさーん、でかした、でかした。よくぞここまで化けた。こんな大名行列、本物でもめーったにお目にかかれん。見事なもんじゃ。」
と、怒鳴ったげな。と、
「この無礼者ー。」
大名行列の先払いの侍、バラバラバラッと十兵衛タヌキに近寄ると、有無を言わずに、キラキラ光る刀を引き抜いて切りつけた。油断していた十兵衛タヌキめ、めっちゃめちゃに切られて、さすがの大タヌキも息絶えてしもうたげな。一本松の木の上でこれを見ていたおさん狐。
「ケーッケッケッケッケ。図体ばかり大きゅうてつまらんタヌキじゃのぉ。本物の行列が来るのを知っとって、わーしの計略にまぁんまとかかったわぁ。ケーッケッケッケ。」
と、木の上で大笑い。あんまら笑いすぎて、木の上から真っ逆さまにズドーンと落ちて、腰をひどぉにうってしもーたげな。それからおさん狐の神通力がのぉなってしもーた。それ以後、おさん狐に騙されるものは、江波にゃあ、おらんようになりましたとな。
終わり。

紙芝居サークル
陽だまり
2013年11月26日
代表 宇佐美節子様 朗読
 代表 宇佐美節子様

ご協力ありがとうございました。     

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